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名古屋地方裁判所 平成7年(ヨ)797号 決定 1995年11月08日

債権者

安井兼男

安井よし子

右両名代理人弁護士

松本篤周

渥美雅康

伊藤勤也

海道宏実

加藤美代

阪本貞一

長谷川一裕

森山文昭

債務者

羽飼康夫

株式会社大西建設

右代表者代表取締役

大西正一

右両名代理人弁護士

串田正克

鈴木含美

主文

一  債務者らは別紙物件目録記載一の土地上に建築中の同目録記載二の建物について、別紙図面1においてはア、イ、ウ、エ、アの各点を結ぶ直線で囲まれた部分で表され、別紙図面4においてはオ、カ、キ、ク、オの各点を結ぶ直線で囲まれた部分で表され、それによって特定される部分の建築工事を続行してはならない。

二  債務者らは、前項の建物について、前項の部分に存在する前項の建物建築のための鉄骨、コンクリートパネル等の一切の構造物を本決定の送達を受けた日から三〇日以内に取り除け。

三  債務者らが前項の期間内に前項の履行をしないときは、債権者らは債務者らの費用で、前項の鉄骨、コンクリートパネル等の一切の構造物を取り除くことができる。

四  債権者らのその余の申立てを却下する。

五  申立費用は債務者らの負担とする。

理由

第一  申立て

一  債務者らは、別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)のうち別紙図面1ないし3の赤斜線部分について、建築工事を中止しなければならず、これを続行してはならない。

二  債務者らは、本件建物について、別紙図面1ないし3の赤斜線部分に存在する本件建物建築のための鉄骨、コンクリートパネル等の一切の構造物を本決定の送達を受けた日から五日以内に取り除け。

三  債務者らが、前項の期間内に前項の履行をしないときには、債権者らは債務者らの費用で、前項の鉄骨、コンクリートパネル等の一切の構造物を取り除くことができる。

第二  事案の概要

本件は、債務者らが別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)上に本件建物を建設することによって著しい日照被害及び圧迫感を受けることを理由として、債権者らが債務者らに対し、前記第一申立てに記載のとおりの仮処分命令の申立てを行った事件である。

第三  判断

一  疎明資料によれば、次の事実が疎明される(当事者間に争いのない事実も含む。)。

1  債権者らは、別紙物件目録記載三の土地(以下「債権者ら土地」という。)を共有し、債権者ら土地上に昭和五五年に二階建の現在の建物(以下「債権者ら建物」という。)を建てて共有し、長男とともに居住している(甲一、二)。

2  債務者羽飼康夫は、債権者ら土地の南側と東側に隣接する本件土地を所有しており、本件土地上に本件建物を建築する予定である(当事者間に争いがない。)。

3  債務者株式会社大西建設は、債務者羽飼康夫から本件建物の建築を請け負い、その建築工事を行っている(当事者間に争いがない。)。

4  債権者ら土地及び本件土地を含む周辺地域は都市計画法上の住居地域であり、本件建物の高さは9.95メートルであって建築基準法及び名古屋市中高層建築物日影規制条例による日影規制の適用の対象とはならないが、同法及び同条例の適用を受けるものとすると、冬至日の午前八時から午後四時までの間において、平均地盤面から四メートルの高さで、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え一〇メートルまでの範囲において四時間以上、一〇メートルを超える範囲において2.5時間以上の日影を生じさせてはならないことになる(当事者間に争いがない。)。

5  本件建物が予定どおり建築された場合における冬至日の午前八時から午後四時までの債権者ら建物の日影被害の状況は次のとおりである。

債権者ら建物の一階南側窓は、敷地境界線から約2.8メートル離れているところ、午後八時から午後二時ころまでは一階南側窓の全体が日影となり、午後二時ころから西端に日が当たり始め午後四時までその範囲が広がっていくが、一階南側窓の地盤面から1.5メートルの高さの特定の地点では午前八時から午後二時四七分まで日影となる(甲一二、乙一、審尋の全趣旨)。

債権者ら建物の二階南側窓は、敷地境界線から約2.8メートル離れているところ、午前八時から午後二時ころまでは二階南側窓の全体が日影となり、午後二時ころから西端に日が当たり始め午後四時までその範囲が広がっていくが、二階南側窓の地盤面から四メートルの高さの特定の地点では午前八時から午後二時四七分まで日影となる(甲一二、乙一、審尋の全趣旨)。

6  本件建物は敷地境界線から約0.2メートル離して建築されるが、本件建物が予定どおり建築された場合には地盤面から四メートルの高さで、敷地境界線から五メートルを超え一〇メートルまでの範囲において、四時間以上の日影が生ずる範囲は東西に約二メートル、南北に約3.8メートルの範囲に及ぶことになる(乙一〇、審尋の全趣旨)。

二  そこで、本件建物による日影被害が受忍限度を超えるものであるか否か等について検討する。

1  本件建物の高さは9.95メートルであって、建築基準法及び名古屋市中高層建築物日影規制条例による日影規制の適用の対象外の建物であるが、建築基準法が住居地域における規制対象建築物を高さが一〇メートルを超える建物と限定したのは、それ以下の高さの建物の場合には一般的に日影被害を与える程度が高くないものと考えられ画一的に規制対象外とするという扱いをしてもそれほどの不都合がないと考えられることによるものと解され、同法の規制の対象外の建物であることから直ちに私法上の受忍限度を超える日影被害を与えるものではないと解することは相当ではなく、日影被害が受忍限度内のものであるか否かについては、同法及び右条例による日影規制を当てはめた場合に当該建築物がそれに適合しているかどうか、適合していない場合にはその程度はどの位か、当該建築物による実際の日影被害の程度、当該建築物の高さ等の要素を考慮して判断すべきである。

なお、都市計画法上の住居地域については、建築基準法は平均地盤面から四メートルの高さでの日影を規制しているのであるから、一階での日影被害は問題としていないというべきであり、住居地域という地域指定が当該地域の実情に合致しておらず平均地盤面から1.5メートルの高さでの日影が規制される地域として指定されるべきである等の特段の事情がない限り、一階での日影被害は受忍限度の判断には影響しないと解するのが相当である。

2  次に右の判断基準を当てはめて、本件建物による日影被害が受忍限度を超えるものであるか否か等について検討する。

前記認定のとおり、建築基準法及び名古屋市中高層建築物日影規制条例を本件建物に当てはめてみると、本件建物はその規制に適合しないものであり、その適合しない範囲も東西に約二メートル、南北に約3.8メートルとなり適合しない範囲が軽微なものにとどまるとはいえない。

本件建物が予定どおり建築された場合の日影被害の状況は前記認定のとおりであり、二階南側窓は午前八時から午後二時ころまでの約六時間にわたって全体が日影となるのであって、実際の日影被害も大きいものということができる。

また、本件建物の高さは9.5メートルであって、規制対象とならない上限である一〇メートルからわずかに0.5メートル低いだけである。

したがって、本件建物による日影被害は受忍限度を超えるものであるということができる。

3  債権者らは、本件建物の二階部分及び一階部分についても建築禁止と既に建築された部分の取壊しを求めているが、二階建ての建物を建築するというのは土地の利用方法として通常のものであるから、二階建ての建物の高さが通常の高さにとどまる限り、日影被害を理由として二階部分及び一階部分の建築禁止と取壊しを認めるのは相当ではない。また、本件建物の構造を考慮すると、三階部分について、東側から6.1メートルの範囲での建築禁止と既に建築された部分の取壊しを認めるのは相当ではなく、東側から5.1メートルの範囲で建築禁止と既に建築された部分の取壊しを認めるのが相当である。

また、債権者らは本件建物の二階部分及び一階部分の建築禁止と既に建築された部分の取壊しを求める根拠として圧迫感をあげるが、圧迫感を受けないという生活利益について建築の差止め等という法的保護を与えることは相当ではなく、圧追感を理由として建築の差止め等を求めることはできないものというべきである。

4  債務者らは、本件建物の建築禁止や取壊しが認められる場合には多額の費用が必要となり、本件建物の日影によって債権者らに生ずる損害をはるかに上回る損害が債務者らに発生することになるから本件申立ての保全の必要性は認められないと主張し、本件建物の三階の北から5.1メートルの部分を取り壊す場合には一九〇〇万円の費用が必要となることが疎明される(乙一八、一九)が、それは債務者らが経済性を優先させ周囲の環境に十分な配慮を尽くさなかったことによって自ら招いたものといわざるをえず、本件申立ての保全の必要性の判断に大きな影響を与えるものと解することはできず、本件申立てには保全の必要性があることが疎明される。

三  以上によれば、本件申立ては主文掲記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当として却下することとし、右認容部分について債権者らに共同の担保として債務者らのため全部で一五〇万円の担保を立てさせて、主文のとおり決定する。

(裁判官山本剛史)

別紙図面1、2、3<省略>

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